記事一覧

JCE準備室の働きが始まりました

先日、日本伝道会議(JCE)準備室の第一回の会議を行いました。
日本伝道会議と言えば、神学生の時に京都で行われた第二回の会議に出席したことを思い出します。当時は聖書論が大きな話題となっており、無謬か無誤かというようなテーマが盛んに議論されていた時代でした。神学校のH教授が全体講演をすることになり、そのお供をしての参加でした。その後、1993年の塩原、2000年の沖縄、そして昨年は札幌で第五回の会議が行われました。それぞれをたどっていくと、日本の教会の歩みをふり返ることができます。

そして、第六回の会議が2016年に行われることがすでに決まっており、日本福音連盟(JEA)の担当理事として準備室長の役割が与えられました。準備室に与えられたおもな務めは、開催場所の決定と実行委員会を発足させることです。ワールドカップのように開催地が立候補して下さるわけではありませんので、これから各地域の牧師会との交渉が始まります。どうなることでしょうか。
準備室のメンバーとしては、前会議プログラム責任者のS先生、JEA総主事のG先生、そしてJECAと同盟から送り出された若手のH先生とM先生という力強いメンバー、そして私の五人です。そこに次期総主事のS先生と、今回は前回事務局長が陪席して下さいました。

ちなみに開催年の2016年は、私たちの教団の70周年の記念の年でもあります。その時、私は58才というすばらしい?年齢に達しています。キリスト教界ではやっと一人前の年齢です。
しかしこの6-7年は大きいですよ。戦後世代の多くの牧師たちが引退します。教会の状況も大きく変わっているでしょう。きっと今までになかったかたちで教会が生み出され、今までクリスチャンにならなかったような人々がクリスチャンになっているでしょう。日本の伝道が上向いていることを期待します。そんな話で盛り上がりました。

JCGIネットワークの指導者研修会に参加しました

JCGIネットワークはアジアンアクセスの働きで、リーダー養成と教会増殖を二つの柱として日本の教会に貢献しようとしている働きです。

リーダー養成も、教会増殖も、どちらも教会にとっては重要であり、個人的に強い関心のあるテーマです。
これまでの自分の歩みを振り返ると、JCGIの働きによって実に多くのことを教えていただいて来ました。この交わりがなければ牧師として行き詰まっていたかもしれないと言っても、決して言い過ぎではないくらいです。個人的なバルナバ関係を築いていただいたり、実際にこの日本で力強い教会を建て上げて来た指導者チーム方々の交わりの中に入れていただいたことによって、多くの恵みをいただきました。何よりも自分の使命を確認できたことは感謝でした。

指導者チームの中には、教理的なことはもちろん個人的な価値観においても、非常に大きな違いがあると時々思う方もおられます。この方といっしょにいると誤解を受けるだろうと思うので、ちょっと距離を置いておきたいと思う人もいます(その方も私に対してそう思っているかもしれませんが)。しかし、かなりちがう人との交わりによって自分が保たれることや、そういう人からしか学べないこともありました。

ファイル 1108-1.jpg
こんなこと書いたら、次にお誘いは来ないかもしれませんね。
今回のミーティングではJCGIネットワークの将来に対するいろいろな議論が行われました。その中で、自分の人生でなすべきことは何か、何によって自分は貢献できるのか、ずっと考えていました。多くのことではなく、自分のすべきこと、ですね。

夏のTシャツを買いに

ファイル 1109-1.jpg

季節の変わり目の恒例行事のようなものですが、先日、夏のシャツを買いに行きました。
息子が母親と交渉しており、それを娘たちが眺めている様子です。彼は何となく姉たちに助けを求めていますが、姉たちは冷ややかに?眺めています。

私ですか?もちろん、何も買わずです。

彼らのことを忘れない

ファイル 1106-1.jpg
東北聖会では、午前は福島教会のchurch'll dunkyというグループがさんびの時を導いてくれました。上代先生の子どもたちもメンバーです。

ファイル 1106-2.jpg
午後は、秋田ベテル教会の中田先生の子どもたちが導いてくれました。

どちらもまだ若いこともあり多少荒削りな奉仕でしたが、しかし主のために演奏できる喜びは誰にも負けないという感じでした。これから大きく成長して欲しいと思います。教会が大きく成長していくと音楽のレベルは高くなっていきますが、しかし新しい若い人たちの奉仕の場はなくなる例が多いと思います、こういう若いメンバーが奉仕できる環境はすばらしいと思いませんか。

イカニンジン

地方(自己中心的な表現ですいません)に行くと楽しみなのは、何と言ってもその地方の料理です。今週東北に行った時に、テレビの「ケンミンショー」などで紹介される料理を観て覚えていたのが、福島県の郷土料理の「イカニンジン」です。
ファイル 1105-1.jpg
きんぴらごぼうではありませんよ。ごぼうにみえるのはスルメです。スルメとニンジンを細切りにし、醤油、日本酒、みりんなどで味付けしたものだそうです。いっしょに食事に行った友人たちによると、それぞれ家庭の味があるそうです。シャキシャキしておいしかったですよ。

東北聖会から帰りました

昨日の祝日は、北海道、九州、東北各教区の夏期聖会が行われ、私たち教団の理事がそれぞれの聖会に出席しました。

私は東北教区の担当理事ですので、日曜日に西宮で行われたネットワークイーティングを終えてから、伊丹→(飛行機)→仙台、そして仙台→(仙山線)→山形という行程で出かけました。ちなみに、飛行機と仙山線は同じ1時間15分。携帯もつながらない仙山線の終電で山形に着いた時には23:30を過ぎていました。真っ暗な山の中をひたすら走る電車に久しぶりに乗りました。

ところが、ホテルに着くと、翌日の聖会の講師の佐藤先生が熱を出してうなって寝ていました。その額(?)には、「熱ピタ」が二枚張られ、そして僕のベットの上にはこんなものがおいてありました。
ファイル 1104-1.jpg
同宿する私に対する彼の思いやり(?)です。
しかし、その夜、彼はこちらが心配するほどまったく静かだったのです。

でも、翌日の聖会のメッセージはエクセレントでした。二回の熱のこもったメッセージで汗をかいて、その結果むしろ体調も整えられて最後まですばらしい奉仕をされました。もし聖霊によるメッセンジャーズ・ハイというのがあるとすれば、まちがいなくその状態でした。メッセージは私自身にもタイムリーな内容でした。
ファイル 1104-2.jpg
そして今朝はアメリカ時代のメンバーのお父さんを訪問するために岩手に出かけていきました。

こういう働きがあってこそ

三田チャペルの各コミュニティで使用するソングブックを作りました。
ファイル 1103-1.jpg
土曜日のミーティングでは結局できなかったので、事務所では、「印刷だけをしておくけれど、ファイリングはできないからね」と言っていましたが、Hさん、Nさん、Rさん、Sさんの、「ここはいっちょやったろか」パワーで、完成しました。ファイルはコミュニティごとの色になっています。

「雨が降るから、もういいから早く帰って」と言っても帰らなかったみなさん(結局、私が先に帰ってしまいました)。ありがとうございました。でもとても楽しそうに奉仕して下さいました。感謝。

梅雨が明けました。夏です。

今年のCSのTシャツです。

ファイル 1102-1.jpgファイル 1102-2.jpg

24時間テレビやフィリピン大統領選挙に負けない黄色です。

明日の礼拝では、子どもたちがこのTシャツでおしぼりサービスをするそうです。梅雨明けでグッドタイミング。楽しみですね。

ちなみに、この五つのイメージは、教会の五つの働きを表しています。わかりますか。

雨の日々

今週は牧師室にいることが多かったので、いろんな方々の姿を見たり、お話する機会があって非常に充実した毎日を送りました(ただ、集中的な雨には参っていますが)。

一昨日の午前中は、米国から帰国中のSさんが牧師室に。ご家族の生活の様子や、これからの目標についていろいろとお話を聞き、ともに祈りました。彼らの真実な歩みは神様がご存知なのできっと道が開かれるでしょう。

午後は、来週から四週間にわたって、西宮チャペルを会場にフランクリングラハムフェスティバルの信徒訓練セミナーが行われるが、そのインストラクターの瀬戸偉作先生が打ち合わせのために来られました。個人的にはBGAのマニュアルにはちょっとまいっていますが、しかし神様の御業のためにできることは協力したいと思います。

昨日は午後からO先生が来られました。今年に入ってから毎月一回の交わりを保っています。教会のこと、家族のこと、その他、毎回予定の時間をオーバーしていろいろと話して祈りました。恵も毎月一人の牧師夫人の方ととともに交わりの時を持っていますが、このような時間は私たちに与えられた大切な務めであるように思っています。

今日は一日、牧師室で執務でした。いろんな方々が出入りされるのを見ながら、与えられた仕事は予定通り終わりました。雨が降らない内に帰って、妻の夕食の買い物につきあいましたが、これは昨日の交わりの影響ですね。

しかし、毎日雨が続きます。

「疲れに対する恐れ」からの自由

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。
わたしがあなたがたを休ませてあげます。マタイ11章

疲れに対しての恐れが蔓延しているように思います。何かをする前から疲れることを恐れてしまっているようです。私もそう言う自分に気がつくことがあります。

「疲れたら、わたしのもとに来なさい。」
イエス様がそう言って下さるのですから、疲れることを恐れる必要はありません。疲れに対する恐れに対して自由にされているのだと思います。

疲れなければ、このイエス様の招きは他人のことと思うでしょう。
疲れた人だけが、イエス様が休ませて下さる経験を得られるでしょう。

選挙明けの月曜日

ワールドカップと選挙のために睡眠不足の眠い目をこすりながら、阪神宣教祈祷会に出席しました。同じ地域に遣わされている牧師たちの月一回の集まりで、いつも何かしら慰めと励ましを受けます。このところは日程の関係でなかなか参加できず、今日は今年はじめての出席でした。純粋にともに祈る集まりなので、みな出席したいのでしょう。若手の先生も増えて今日は30名近い出席でした。

今回の会場であったチャペルは阪神大震災の被災地にありますが、震災後、教会のボランティアの方々が近所の倒壊した家から荷物を探し出す働きをされていました。今日のランチは、その中でボランティアが大切な包丁などを探し出したことが感謝されて、その後よい関係が築かれているお寿司屋さんのお寿司を皆でいただきました。

いったん家に帰り、一時間ほど仮眠して(よほど眠たかった)、夕方には生駒のアイアイランドに行きました。今日からJCGIの研修が行われていますが、委員の一人として研修生の牧師先生方に挨拶をするためです。個人的には知らない方ばかりでしたが、お話を聞くといろいろなところで関係のある方々もおられて、夕食の交わりもとても楽しい時間でした。

しかし、これからまた国政の混乱が続くと思うとうんざりしませんか。もっと実のあることに精力を使って欲しいと思います。

iphone

ファイル 1098-1.jpg

教団理事用の携帯電話を持たされ(?)ています。常任理事と本部主事などたぶん6〜7台で契約しているのだと思いますが、softbankで好きな機種を選択するようにということでしたのでiphoneを頼みました。自分の携帯はそれも教会の牧師用携帯ですが、こちらはauです。携帯電話を2台持ち歩くことなど面倒なので、auにかかって来る電話は全部iphoneに転送するように設定しました。

iphoneを自分のパソコンのituneで同期したことによって、パソコンで使っているメールアドレスに来るメールが全部iphoneでも読めるようになりました。これはいいと思ったのですが、困ったことにiphoneは迷惑メールをはじいてくれないので、毎日相当な数の迷惑メールが携帯に来てしまいます。いちいちゴミ箱に捨ててられないし。どうしたらいいんでしょうか。ああ、ややこしい。

ファイル 1098-2.jpg

いつかこんな感じになるのでしょうか。すぐ欲しくなっちゃうので2014年?がこわい。

カードの思い出

梅棹忠夫氏が亡くなられたことが報道されていました。学生時代にこの方の「知的生産の技術」という新書を読んで、カードにはまった一人です。

カードと言っても、クレジットカードではありません。紙のカード、いわゆる情報カードです。当時は「知的生産」という言葉が一つのキーワードでした。今とは違い、パソコンがありませんでした。大学での情報処理の授業では、言語はたしかPL1だったかな、パンチカードを作成していた頃のことです。京大カードはB6ですが、あとで私自身はもう少し小さめのカードに変えましたが、情報収集とアイデア整理はカードを利用してやったものです。

たとえばOCCの卒業論文のためには「中田重治全集」を片っ端から読み、引用や自分の考えなどを全部一項目一枚のカードにし、加えたり捨てたりを繰り返して、たぶん2、300枚のカードを並べ変えながら、アウトラインを作って、後はそのカードの順に、原稿用紙に書いていくと言う、そういうやり方でした。そのやり方を身につけてから、その後でシステム手帳の時代になり、パソコンの時代になったことは、やり方を学んでから道具が与えられたので、とても良かったと思います。今もそのやり方の原則は同じです。牧師になってからも、メッセージの原稿も同じようにして作っていた時代があります。例話などもカードにしたりして、今も引き出しの奥に入っていると思います。あとで探してみようかと思います。

アエドバルデス

パラグアイの勝利が決まった直後、アエドバルデスがその歓喜の輪から抜け出して、PKを外した駒野に駆け寄り額をすりつけるようにして、何かを語っていた。なんだかとてもうれしかった。

ファイル 1096-1.jpg

これがもし逆の立場だったらどうだろうか。もちろんわからない。しかし、こういうところにパラグアイのサッカーの伝統を見せてもらったように思った。

日本の試合が終わりました

 昨晩は感動した。勝つ喜びもすばらしいが、負けることの悔しさは決してそれ以下ではない。ワールドカップはベスト8が出そろっていよいよこれからの試合が楽しみだが、これからの試合は毎日夜中の三時半なのでさすがにもう無理!。

 日本がサッカーにおいて力をつけていくことには、自分なりの見方がある。
 そのことについては、以前にこのようなことを書いた。

   〜〜〜〜〜
 「リーダーとチームのあり方」は私の関心の深いテーマの一つだが、ラグビーの全日本監督だった平尾誠二氏の書物からは多くのことを学んだ。特に、彼がラグビーと野球の違いを例にして語っているチームのあり方は非常に興味深いしわかりやすい。ラグビーは試合が始まってしまえば基本的に試合は途中でストップしない。試合の流れにあわせてメンバーが自分でチームの中での自分の状況を判断して動かなければならない。監督はベンチではなく観客席に座っており、一つ一つの指示を出すことはない。それに対して、野球は試合の流れが毎回毎回ストップする。そして試合においても監督が一つ一つの指示を出す。打て、打つな、走れ、走るなのすべてについて監督が指示を出すのだ。野球で良い選手とは監督の指示に答える職人のような選手だ。ちなみにラグビーの監督は英語でcoach、野球の監督はmanager。それぞれのチームにおける任務をよく表している。そして、日本人が得意なのは野球で、ラグビーはどうも強くならない。私たちは子どもの頃から野球でチームプレーを学んで来たような気がする。
 はたして牧師の務めはどちらか。多くの日本の教会の牧師は野球の監督のようだ。一つ一つ全部指示する。しかし、生活の現場はラグビーの試合のようにとどまることなく動いているわけだから、一つ一つに的確な指示を出すことには限界がある。牧師の仕事が「聖徒を整えて奉仕の働きをさせるため」(エペソ4)というのは、ラグビー監督のイメージに近いのではないかと思っている。
   〜〜〜〜〜

 最後の、牧師云々は別にして、サッカーは野球型というより、どちらかと言えばラグビー型のスポーツだ。つまり、試合には戦略が求められる。だから練習を非公開にするというようなことがある。対して、野球の場合には練習を非公開にする必要はない(と思う)。この点で、今回の大会ではチームが機能し、たとえばデンマーク戦であのブルセラの騒音の中でも自分たちで守備のフォーメーションを調整できたことは、大きなことではないだろうか。
 
 日本人は変わっていくのだろうか。本田選手を評価する声が高いが、職場にあのようなビッグマウスの若者を迎えたらどうだろうか。彼が最高のパフォーマンスをすることができるようにサポートできるだろうか。教会はどうだろうか。それにしても、WorldCup前の岡田監督に対するパッシングとその後のめちゃボメ?に、イエス様に対する群衆の姿を連想したのは僕だけではないだろう。

ページ移動